Mireyという人

Mireyという人

――ベリーダンサーになりたかった人、ではない。

人生を変えるものは、最初から「運命です」という顔をして現れるわけではない。
むしろ、あとになって振り返ったとき、
「あれが始まりだったのか」
と気づくことの方が多い。

Mireyにとって、それは友人に誘われて行った、一回のベリーダンス体験レッスンだった。
入会するつもりはなかった。
ましてや、それを仕事にするつもりなど、まったくなかった。

今ではベリーダンサーとして舞台に立ち、振付をつくり、人を教え、ショーを企画する。

福岡から始まったスクール「Mirey je brille」は、東京、大分へ。

国内外のコンペティションに挑戦し、やがてゲストダンサーとして招かれ、かつて自分が挑んでいたコンペティションでは審査する側にも立つようになった。
経歴だけを並べれば、ずいぶん一直線に見える。
けれど実際は、そうではない。

この人の人生は、
「ちょっとやってみたい」
の積み重ねでできている。

⸻

入会するつもりさえ、なかった。
ベリーダンスを始めてから一年半ほど。
Mireyは、決して熱心な生徒ではなかったという。

レッスンには行く。
踊るのも楽しい。
でも、人生を懸けるほどではない。

そんな彼女を変えたのが、ステージだった。
人前で踊る。
音楽の中に入る。
練習してきたものを、誰かに観てもらう。
昨日までできなかったことが、できるようになる。

そして、またステージに立つ。
その面白さを知ってしまった。

そこからだった。
「もっと上手くなりたい」
「もっと知りたい」
が、止まらなくなった。

そして、この「もっと」は、その後何年経っても、彼女の中から消えることがなかった。

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独立して、自分の未熟さを知った。
2017年、Mireyは独立した。
自分のスクールを立ち上げた。
普通なら、ここがひとつの到達点になる。

ところが彼女の場合は、逆だった。
人に教える立場になったことで、自分に足りないものが、それまで以上に見えるようになった。

「まだ全然足りない。」

そこから数年間、Mireyは猛烈に動く。
海外へ行く。
学ぶ。
コンペティションを受ける。
また海外へ行く。
また挑戦する。

そして、ベリーダンスだけを踊っていれば上手くなるわけではないと考え、バレエ、ピラティス、トレーニングへと学びを広げた。

身体をどう使うのか。
なぜ同じ振付でも、人によって見え方が違うのか。
なぜ、ほんの少し肘の位置が違うだけで美しさが変わるのか。

重心。
肩甲骨。
呼吸。
視線。
音の取り方。
ステージでの“間”。

華やかな衣装を着て踊る人の頭の中で、ずっとそんなことを考えている。
今のMireyの踊りや指導の根っこには、この時期の試行錯誤がある。

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そして突然、世界が止まった。
2019年。
Mireyは、ふと思った。
「YouTuber、やってみたい。」

大きな計画があったわけではない。
動画が将来の仕事になると予測していたわけでもない。
単純に、やってみたかった。

そして翌年、2020年。
世界が変わった。
コロナ禍。
外へ行くことが難しくなり、人が集まることも、ステージに立つことも、それまでのようにはできなくなった。

不思議なことに、Mireyはあまり不安ではなかったという。
今振り返っても、
「なんであんなに不安じゃなかったんだろう」
と自分でも思うらしい。

何もすることがないから、YouTuberやってみよう。
そう考えた。

撮影する。
編集する。
レッスン動画をつくる。
また撮る。
また編集する。
一から覚えた。

当時は本当に、
ずーーーっと、撮影と編集をしていた。

やがて、その頃につくった動画は何万回も再生されるようになった。
福岡から遠く離れた人たちからも、
「YouTubeを見ています」
と言われるようになった。

会ったことのない人にまで、「Mirey」という名前が届き始めた。
あの頃は、まだ知らなかった。
そこで身につけたものが、何年もあとになって、現在の振付サブスクへつながっていくことを。

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世界が動き出したら、今度は舞台をつくり始めた。
コロナ禍を経て、Mireyは再びステージへ戻っていく。
マリンメッセという大きな舞台にも立った。

そして2021年、福岡。
16人編成の生演奏オーケストラによる公演を企画した。

翌2022年には、東京でも開催した。
今でこそ、Mireyは生演奏公演やショーを企画し、全体を構成し、人を集め、ひとつの舞台を形にしている。
けれど、最初からそんなことができたわけではない。

当時のMireyにとって、16人ものミュージシャンと一緒に公演をつくることは、明らかに自分の能力を超えた挑戦だった。
何をどう進めればいいのか。
どうすれば一つの舞台として成立するのか。

手探りだった。
自分一人の力では到底つくれない。
ミュージシャンたちの知識と経験、そして協力がなければ完成しなかった。

でも、自分にできる範囲のことだけをしていたら、たぶん身につかなかったものがある。

舞台をつくる力。

踊る人から、
人と人をつなぎ、一つの景色をつくる人へ。
Mireyの仕事は、少しずつ変わっていった。

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「私は輝く。」
Mireyが独立したとき、スクールにつけた名前がある。
Mirey je brille
“Je brille”。
フランス語で、
「私は輝く」
という意味だ。

あえてスクール名に「ベリーダンス」という言葉を入れなかった。
なぜなら、Mireyが本当に届けたかったものは、ダンスそのものより、もう少し先にあったからだ。

夢中になれるものを見つけること。
昨日まで知らなかった自分に出会うこと。
年齢や経験に関係なく、新しいことを始めること。
そして、自分の人生を、自分でもう少し面白くすること。

考えてみれば、Mirey自身がそれをやってきた。

普通の人が、ベリーダンスに出会った。

それほど熱心でもなかった生徒が、ステージに夢中になった。

独立したら、自分の未熟さを知った。

だから海外へ行き、学び、挑戦した。

世界が止まったら、動画をつくった。

世界が動き始めたら、自分の能力を超える舞台をつくった。

そのとき夢中になってやっていたことが、数年後、別のものにつながっていった。
きれいな一本道ではない。

むしろ、
やってみる。
できない。
学ぶ。
またやってみる。
その繰り返しだ。

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Mireyは、まだ完成していない。
Mireyを「成功したベリーダンサー」と紹介することはできる。
けれど、それだけでは、この人の面白さを少し取りこぼしてしまう。

なぜなら本人は、まだ完成したつもりがない。

もっと上手くなりたい。
もっと音楽を知りたい。
もっといい舞台をつくりたい。
もっと面白いことができるはず。

ずっと、その途中にいる。

だからMireyという人は、
完成された人というより、
ずっと自分を更新している人
なのだと思う。

そして、その人生を振り返ると、不思議なことに気づく。

人生を大きく変えた出来事の多くは、その瞬間には、それほど大きな出来事には見えていない。

友人に誘われた、一回の体験レッスン。

「YouTuber、やってみたい」と思ったこと。

外に出られないから始めた動画編集。

自分には少し無理かもしれないと思いながら挑んだ、大きな舞台。

あとになって振り返ると、全部つながっている。

けれど、そのときの本人には分からない。
だから人生は面白いのかもしれない。

今、何気なく興味を持っていること。
誰かに誘われた場所。
少しだけ「やってみたい」と思っていること。

それが何年後の自分をつくるのかなんて、誰にも分からない。
Mireyもきっと、まだ知らない。

今日やっていることの何が、次の人生につながっていくのか。
ただ一つ、これまでと同じなら
彼女はまた、
「やってみたい」
の方へ行くのだろう。

人生は、まだまだ面白くできる。
そして――
Mireyという人の物語も、まだ途中である。